大日本プロレス
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大日本プロレス(だいにほんぷろれす)とは、
- 1994年に元全日本プロレスのグレート小鹿が神奈川県横浜市に設立したプロレス団体。本項で説明する。
- 1978年秋に設立が計画されたプロレス団体。斎藤貴男『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』(新潮社、1995年)によれば計画では、元野球選手で野球評論家の豊田泰光が社長に就任し、大相撲から千代の富士(当時は幕内に定着し出した頃)と高見山がプロレスラーに転向、フジテレビで中継放送される予定で、国際プロレスと合併する話も持ち上がっていたという。資金は千代の富士の後援会の人物と漫画原作者の梶原一騎が出資。元プロレスラーのユセフ・トルコが中心になって設立に動いていたが、資金調達の面で計画は頓挫したと伝えられる。
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | 大日本プロレス(BJW) |
| 本社所在地 | 〒224-0053 神奈川県横浜市都筑区池辺町4364 アムフルス3F |
| 電話番号 | 045-507-1751 |
| 設立 | 1994年12月 |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | プロレスリングの興行及び関連企画の運営 |
| 代表者 | 代表取締役社長 小鹿信也 取締役統括部長 登坂栄児 |
| 主要子会社 | 有限会社四つ葉工芸 レスラーズ運輸 |
| 外部リンク | http://www.bjw.co.jp/ |
| 特記事項:道場所在地 横浜市都筑区池辺町4347 | |
旗揚げ戦は1995年3月16日神奈川の横浜文化体育館で行われた。派手なデスマッチが特徴。
旗揚げ当初から常にデスマッチ団体を標榜している。ただし、過去にバーリ・トゥードを行っていた時期もあった。また、現在は廃止されたが以前には女子部も存在した。
試合以外のイベントの開催や、養護施設の慰問を積極的に行うなど、ファンサービスにも力を入れている。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 団体スローガン
- 「デスマッチ・メジャー宣言」
- 「ファンNo.1宣言」
- 2006年、「大日本のファンは素晴らしい」と言えるような団体を目指して宣言。ファンとの交流の場を増やす等、ファンサービスを強化。
- 「ONE MORE BJ」
- 2007年、インディー団体としての原点に立ち返りつつ、更なる一歩を踏み出す。
- 「好きです!さいたま!大日本!」
- 2008年・地域限定スローガン、大会だけでなくイベントやチャリティー活動などにも積極的に参加し埼玉にプロレスの楽しさをより多くの機会で与えていく。
[編集] 中継番組「大日大戦」
詳細は大日大戦を参照
[編集] スポンサー
- ネオプラス
- 神奈川オートバイ事業共同組合
- チケットぴあ
- テレビ埼玉
- GyaO
- ショップ・マニフィカ(東京テレビランド)※2007年にCM出演
- ソフト・オン・デマンド(2005年まで)
[編集] タイトルホルダー
- 大日本プロレスが認定している王座と保持者(2009年01月現在)
- BJW認定デスマッチヘビー級王座:宮本裕向(第24代王者)
- BJW認定タッグ王座:マンモス佐々木&関本大介(第25代)
- 過去に存在した王座
- BJW認定大日本ヘビー級王座
- BJWジュニアヘビー級王座
- BJW女子王座
[編集] 現在の所属&参戦選手
[編集] 所属選手
[編集] 他団体&フリー参戦選手
[編集] 主な参戦外国人選手
大日本プロレスでは、外国人のデスマッチファイターを、敬意を込めて「バカガイジン」と呼ぶことがある。
- マッドマン・ポンド
- MASADA(スクール・オブ・デス外国人講師)
- ネクロ・ブッチャー
- マイク・サンプラス
- ジェイソン・レイ
- マッドドック
- 2・タフ・トニー
- Mr.インサニティー
- クレイグ(非バカガイジン)
- JCベイリー
- ヘイン・ブラザーズ(コーク・ヘイン&サム・ヘイン)
[編集] スタッフ
- レフェリー
- リング・アナウンサー
- 過去のスタッフ
- バーブ佐々木(レフェリー)
- 村上健 (リング・アナウンサー)
[編集] 過去の所属選手
- 引退
- 移籍
[編集] 過去の参戦選手
- 他団体参戦選手
- 大谷晋二郎(ZERO1-MAX所属)
- ターザン後藤(ターザン後藤一派所属)
- ミスター・ポーゴ(WWS所属)
- アステカ(プロレスリング華☆激所属)
- TAKAみちのく(KAIENTAI-DOJO所属)
- MIYAWAKI(KAIENTAI-DOJO所属)
- 旭志織(KAIENTAI-DOJO所属)
- 新崎人生(みちのくプロレス所属)
- 金村キンタロー
- 桜庭和志(1996年8月にUWFインターナショナル提供試合として山本健一《現:山本喧一 》と対戦)
- スポット参戦選手
- フリー参戦選手
- 外国人選手
[編集] タッグチーム
現在の主要タッグチーム
- 伊東竜二&アブドーラ小林
- 佐々木貴&宮本裕向
- 葛西純&"黒天使"沼澤邪鬼「045邪猿気違's(ゼロヨンゴ ジャンキーズ)」
- シャドウWX&マンモス佐々木「チームあんこ型」
- 近藤博之&井上勝正「チーム若作り」
- 2・タフ・トニー&マッドマン・ポンド「バカガイジンズ」
- 宮本裕向&木高イサミ「ヤンキー二丁拳銃」
- MEN'Sテイオー&大石真翔&忍他「NEWメンズクラブ」
- 谷口裕一&大黒坊弁慶
過去に存在したタッグチーム
- 伊東竜二&佐々木貴「竜二と隆」
- 山川竜司&中牧昭二「血みどろブラザーズ」
- 山川竜司&本間朋晃
- 山川竜司&グレート小鹿
- BADBOY非道&葛西純「赤まむし」
- ザンディグ&葛西純「CZW JAPAN」
- アブドーラ小林&"黒天使"沼澤邪鬼&大黒坊弁慶「スキンヘッダーズ」
- アブドーラ小林&関本大介「マッスル&ファットです」
- MEN'Sテイオー&関本大介「メンズクラブ」
- 谷口裕一&MIYAWAKI
[編集] 試合会場
[編集] 主要会場
会場ごとにポジショニングを分け、それぞれに合わせた興行を行っているのも特徴である。
- 横浜文化体育館
- 旗揚げ戦の会場となった場所で、現在でも年2回開催。
- デスマッチヘビー級選手権試合が必ず行われる。
- 後楽園ホール
- 月1回開催されている。特に毎年1月2日は、大日本の年初めとなる大会が行われる。
- 埼玉・桂スタジオ
- ラゾーナ川崎プラザソル
- 大日本を含む各団体から参戦選手を募り、若手選手の育成の場としての興行を実施。その為、デスマッチはあまり行われず、通常ルールの試合がほとんどとなる。
- 札幌テイセンホール
- 横浜・赤レンガ倉庫1号館
- 横浜・六角橋商店街お客様駐車場特設リング
[編集] その他の会場
- ツインメッセ静岡
- 石川県・金沢流通会館
- 富山県高岡市・高岡テクノドーム
- 静岡県沼津市・キラメッセぬまづ
- 静岡県藤枝市・蓮華寺池広場
- 大阪府鶴見緑地花博記念公園水の館付属展示場
- 晴海埠頭客船桟橋特設リング
- 新潟フェイズ
[編集] 過去に使用されていた会場
[編集] デスマッチ
詳細は大日本プロレスにおけるデスマッチを参照
[編集] 別ブランド「横浜プロレス」
詳細は横浜プロレスを参照
[編集] その他の業務
[編集] 飲食店
2003年11月、仙台市に単身赴任し、ちゃんことジンギスカンの専門店「プロレスちゃんこ小鹿」を、2006年3月、同じ敷地内に、「ホルモン小鹿亭」をオープン。2007年4月30日、「プロレスちゃんこ小鹿」を閉店し帰京、同年8月28日に「ホルモン小鹿亭」も閉店。現在首都圏にて再開を検討中。
グレート小鹿自らが、毎日厨房に立つ他、所属選手が店を手伝うこともあった。また、2004年5月9日に「プロレスちゃんこ小鹿大会」が、2006年4月24日には「ホルモン小鹿亭開店記念大会」が、駐車場で開催され、試合後には選手との食事会が催された。
自身の長期休養に伴い、2004年10月、札幌市に、バー「薄野プロレスYAMARYU」を開店。
[編集] 運送業
2005年5月19日、アブドーラ小林を社長に、引越し業を取り扱う運送会社「大日本プロレス運輸」を開業。新日本プロレスと業務提携をしている「プロレス運輸」から商標権の侵害を理由に裁判を起こされたため、同年12月、社名を「レスラーズ運輸」に改称した。
主に一人暮らしの女性からの依頼が多いらしい。また、「蛍光灯無料引取りサービス」を実施している。集まった蛍光灯は、デスマッチで使用、破壊される。
[編集] スポーツジム
本社機能の分離・移転に伴い、2006年5月11日、関本大介主導の元、道場を一般開放し、スポーツジム『横浜マッスルファクトリー』を開設。
インストラクターに井上勝正。
[編集] オリジナルグッズ販売
登坂栄児が社長を務める子会社「四つ葉工芸」が、主にTシャツなどのオリジナルグッズの製作・販売を行う。
- 主なオリジナルグッズ
[編集] 新日本との抗争
1996年に、当時絶大な人気を誇っていた新日本プロレスに対し宣戦布告。 長州力、武藤敬司らをはじめとする新日本の「インディーはプロレスではない」という姿勢に対しグレート小鹿が「インデーを舐めるな」と反発したものだった。 愛知県大会などで乱入を繰り返した末、1997年1月4日新日本の東京ドーム大会で対抗戦が行われた。
愛知県大会では小鹿をはじめとする選手たちが土足でリングに乱入し新日本ファンから大ブーイングを浴びた。
当初は『新日本プロレスVSインディー連合軍』として、インディー団体のトップレスラー達と新日による対抗戦を狙っていた。しかし、ターザン後藤や高野拳磁は出場を辞退し、当時大日本をメインに出場していた松永光弘も出場を拒否し、最終的には新日VS大日本の小規模な対抗戦で終ってしまった。
乱入直前彼らは強い緊張を感じていたという。その一員だった田尻によると、まだ時間があるからと立ち寄った喫茶店で小鹿がクリームソーダを注文、緊張でそれどころではない選手たちはとりあえず「俺も」「俺も」と注文し、皆でクリームソーダを飲んでいた、とのこと。
[編集] 金村キンタロー選手による女性スタッフ強制猥褻事件
- 2008年1月20日 大日本プロレス(以下BJW)・DDT・KAIENTAI-DOJO合同興行「天下三分の計」千葉Blue Field大会開催前にアパッチプロレス軍所属の金村キンタロー がBJW女性スタッフを強制猥褻。
- 女性スタッフはこれ以上被害者を増やさないように公式発表してほしいと懇願するもBJW統括部長登坂栄児は感情的な口調で被害者を威嚇し「公表したら皆が損するんだよ?君がそんな交戦的な態度じゃ一緒に仕事出来ないよ」と泣き寝入りを強要し隠蔽工作を謀る。
- 隠蔽工作に納得のいかない村上☆健リングアナがブログで告発しようとしたが、会社の意に沿わない行動をし混乱を招いた(=隠蔽工作に協力しなかった)との理由で2月16日付でBJWへの無期限出入り禁止処分になる。
- 2008年2月17日 登坂がブログで一方的に終息宣言。
- それを見た被害女性スタッフがBJW公式メルマガで暴露、警察へ届け出る意向を表明。
- 2008年2月18日 被害女性を名乗るものが千葉県警千葉中央警察署に被害届けを提出したと村上ブログコメント欄で発表。しかし後に発表された和解の報道では被害届けが提出前であったと発表されていてこの内容と矛盾するため真偽は不明である。
- 同日 BJW横浜本社にて、登坂、並びに伊東竜二・"黒天使"沼澤邪鬼の両選手が記者会見。金村の(1/24からの)無期限出場停止処分を発表。隠蔽工作について大日本側はあくまで話し合い合意の上の措置だったと発表するが、被害者発メルマガ&村上ブログの言い分とは大きく食い違う。
- 同席した佐々木貴より、アパッチプロレス軍の活動を、2月22日新木場1stRing大会をもって無期限停止すると発表。これに伴い、3月7日に予定していたアパッチ新木場大会の中止を同時に決定。
- BJW付きのフリーライター須山浩継がブログで心情吐露。
- CS放送のプロレス番組Sアリーナ(サムライTV)に登坂が生出演し、強制猥褻は「愛嬌のひとつ」と釈明。
- Yahoo!Japanサイトのトップに記事が載る。
- 2008年2月19日 登坂が自身への処分として役員報酬三ヶ月分100分の30を返納、現場責任者兼統括部長の職を2008年2月19日を以って解任することを公式リリースするも役員には残留、この処分はあくまでもメールマガジン運営の管理責任をとったという形の処分であり隠蔽工作への責任・謝罪などには一切触れていない。これとは別に、自らの申し出により、中継番組「大日大戦」の実況を2月26日放送分(2月16日広島産業会館大会)より降板。
- 2008年2月21日 村上がブログ上で先日BJWが発表した今回の事件の経緯についての矛盾点を指摘する。
- 2008年2月22日 アパッチプロレス軍新木場1stRing大会終了後、金村がアパッチプロレス軍を解雇になり、アパッチプロレス軍の運営会社であるCF企画の親会社キャッシュボックス預かりとなることが、キャッシュボックス代表取締役・笹原雄一より発表される。今後キャッシュボックスが被害者との話合いや法廷闘争の窓口となる。
- 2008年2月27日 弁護士同席のもと登坂、伊東、村上の話し合いが行われ、ブログに掲載致したに内容に事実と異なった内容、思い違いで書いてしまった内容があり混乱を招いたとして村上のブログにてお詫びが掲載された。
- 2008年3月2日 桂スタジオ大会開始前。小鹿信也社長・登坂がリング上で謝罪すると共に、登坂の後任の現場責任者兼統括部長として、志賀悟(シャドウWX)の就任を発表。但し、選手活動を優先させたいという志賀の意向により、当面は代行という形を取る。
- 2008年3月11日 キャッシュボックス事務所にて笹原雄一・金村より、2008年3月2日に被害者女性と、金村の代理人笹原、村上の三者で話合いが行われ、被害者女性と金村キンタローとの和解が成立したことを報告する会見がおこなわれた。(被害者女性の希望で話合いに金村キンタローは同席させず、村上のみが立ち会う)和解の条件として今後、金村が被害者女性と電話・メール含め一切の接触を行わない、またアパッチ関係者も同様に被害者女性に誹謗中傷等を含めたコミュニケーションをとらないこと。慰謝料・示談金の請求を行わないことなどが記された示談書(和解文書)が作成された。
- 2008年3月18日 村上がブログ上にて自身と被害者女性の近況を報告。被害者女性と金村キンタローの和解については圧力的なものはないこと。被害者女性がある人物への怒りは消えてないものの新しい職場で働き始めていること。BJWから被害者女性をケアする電話一本すらきていないが被害者女性自身が『二度とBJWとは関わりたくも無い』といっている以上仕方ないということ、BJWのリングアナと新人の石川晋也選手へのエールなどが書かれていたが次の日にその記事は削除された。











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