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熊本県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

熊本県
くまもとけん
地方 九州地方
団体コード 43000-5
ISO 3166-2 JP-43
面積 7,405.69km²
※境界未定部分あり
総人口 1,822,103
推計人口、2008年12月1日)
人口密度 246人/km²
隣接都道府県 (陸上)福岡県大分県宮崎県鹿児島県
(海上)長崎県佐賀県
県の木 クスノキ
県の花 リンドウ
県の鳥 ヒバリ
他のシンボル 県の魚:クルマエビ
県の歌:熊本県民歌「火の国旅情
知事 蒲島郁夫
熊本県庁
所在地 〒862-8570  熊本県
熊本県熊本市水前寺6丁目18番1号
電話番号 096-383-1111
外部リンク 熊本県
熊本県の位置
特記事項 :

熊本県行政区画図

:市 / :町・村
ウィキポータル 日本の都道府県/熊本県
Template (ノート 解説) 都道府県ポータル

熊本県(くまもとけん)は、九州地方の中央に位置する都道府県のひとつ。人口約184万人、面積約7,400km² 有明海、不知火海、東シナ海に面している。全国有数の農業県であり、また車エビなどの養殖業が盛ん。世界最大級のカルデラを持つ阿蘇山が知られる。方言は熊本弁が話される。

目次

[編集] 地理

九州本島の中央部に位置し、福岡、大分、宮崎、鹿児島の各県と境を接する。海上で有明海を隔てて長崎県とも接する。東部に世界最大級のカルデラを持つ阿蘇山や九州山地の山々がそびえ、西部は熊本平野が有明海に、八代平野及び葦北地方のリアス式海岸が不知火海に面する。その間に宇土半島がつきだし天草諸島に続いている。

[編集] 気候

気候は太平洋側気候で温暖だが、冬と夏で寒暑の差が激しい。冬は阿蘇地方の九州山地阿蘇山では毎年多量の積雪となり、最低気温も氷点下まで下がることが多く、真冬日にもなりやすい。寒気が流れ込むと山頂では稀に-20℃近くまで下がり、厳しい寒さとなる。 夏では熊本市周辺が35℃以上の猛暑でも、30℃以下の気温が続き冷涼な気候である。阿蘇山では最高気温が30℃を超えることがまったく無い。降水量も多く年間を通して2000mm以上である。

一方、熊本市周辺で夏場では気温が35℃を越す猛暑になることも少なくない。冬では最低気温が氷点下まで下がることもあるが、降雪・積雪は山地や内陸とは少ない。

[編集] 隣接している自治体

[編集] 自然公園

阿蘇くじゅう国立公園雲仙天草国立公園
九州中央山地国定公園耶馬日田英彦山国定公園
金峰山県立自然公園、小岱山県立自然公園、三角大矢野海辺県立自然公園、芦北海岸県立自然公園、矢部周辺県立自然公園、五木五家荘県立自然公園、奥球磨県立自然公園

[編集] 歴史

詳細は熊本県の歴史を参照

[編集] 県名の由来

豊臣秀吉により肥後に封ぜられた加藤清正が「熊本」という文字を使ったと謂われ、それ以前は「隈本(隅本とも)」と書いた。

  • 「隈」の字が畏(おそれる、かしこまる)の字を含む(あるいは「隅」の字が「すみっこ、端、奥、目立たないところ」などの意味を持つ)ために、武将の居城の名に相応しくないということで、猛々しい「熊」の字を充てたといわれている。
  • 熊本県に来ることを「来熊(らいゆう)」、帰ることを「帰熊(きゆう)」と表現することがある[1]

[編集] 古代

4世紀後半期に宇土半島の基部に摺鉢山(すりばちやま)古墳(宇土市、96m)、迫ノ上(さこのうえ)古墳(宇土市、56m)などの前方後円墳が営まれていた。 玉名郡和水町(旧菊水町)に5世紀末~6世紀初頭に造られた前方後円の江田船山古墳がある。同古墳から75文字を銀象嵌した大刀が出土している。

熊本県の領域はかつての肥後国のそれとほぼ重なるが、肥後国は古代においては、「火の国」または「肥の国」と呼ばれていた。これは八代郡ひ郷(肥伊郷)=現在の八代郡氷川流域に古代の多氏の流れを汲む「火君(ひのきみ)」と呼ばれる有力豪族がおり、地域の中心であったことに由来するとされている。肥の国はやがて、現在の佐賀県長崎県の地域をも含むようになるが、7世紀終わりごろに肥前国と肥後国に分けられた。

肥後国は生産力が高い豊かな土地で、地理的にも重要と判断されたため、律令体制下では大国のひとつとされた。

[編集] 中世

中世には、阿蘇神社の神威を利用して勢力を拡大した多氏後裔の阿蘇氏遠江国から地頭として下り球磨郡に土着した相良氏大宰府の府官であった菊池氏といった豪族が勢力を伸ばした。南北朝時代は、後醍醐天皇の皇子懐良親王を擁する菊池氏が九州の南朝の中心として活躍した。さらに、南朝方の名和長年の子孫である名和氏も領地がある八代に移った。戦国時代に至って、相良氏は名和氏を追い肥後国南部を支配するが、北部では菊池氏や阿蘇氏の家中はしばしば乱れ、豊後守護の大友氏の介入を招くなどしたため、有力な戦国大名が現れず、国人が割拠する状態が続いた。

[編集] 近世

豊臣秀吉の九州征伐により佐々成政が肥後の国主を命じられるが、太閤検地に反対する国人たちによる一揆が起こった。秀吉は成政にその責任を負わせて切腹を命じる一方、一揆に参加した国人たちを徹底的に弾圧し、その勢力は一掃された。その後、秀吉は北半分を加藤清正、南半分を小西行長に分け与え、球磨郡においては相良氏の支配を認めた。

小西行長が関ヶ原の戦いで敗れ滅亡すると、加藤清正がその領地を併せ52万石の領主となった。清正は名城熊本城を築き、また河川・水路を改修して耕地を広げ生産力の向上に努めたため治水の名人として崇められた。しかし清正の死後、息子忠広の代に改易され、代わって細川氏が54万石の領主となった。(熊本藩)支藩として宇土藩熊本新田藩がある。また、家老の松井家は八代城の城代として、3万石を与えられており、事実上の八代支藩の藩主であった。他に肥後国内には、相良氏が治める人吉藩があった。

天草長崎に近く、また、キリシタン大名であった小西行長の領地になったこともあり、キリシタンの数が多かった。関ヶ原の合戦後、唐津藩12万石の領主である寺沢広高の領地となるが、寺沢はキリシタンを弾圧し、また過酷な徴税をおこなったことから、1637年(寛永14)島原の乱が起こると、住民の半分がこれに参加し、全滅した。乱後、天草は天領となり、初代代官の鈴木重成の尽力によって天草は次第に復興していった。

[編集] 近代

1871年(明治4)、肥後国には熊本県と八代県が設置された、熊本県はその後白川県と改められ、1873年、白川県と八代県が合併して白川県となった。1877年(明治10)、再び熊本県に改名され、現在の熊本県が誕生した。

主に戦前までは熊本が九州の中心とみなされ、熊本鎮台・第五高等学校などが設置されたが、戦後の経済発展に伴い、その役割は次第に福岡県へと移っていった。

第五高等学校教師として夏目漱石小泉八雲が熊本市に住んでいたことがあり、森鴎外も第12師団軍医部長として熊本市に赴任したこともある。熊本での体験が彼らの文学に大きな影響を与えている。

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g03.png 83
5 - 9 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png 89
10 - 14 画像:g50.png画像:g10.png 95
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 107
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 108
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 109
30 - 34 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 110
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 106
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 111
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 123
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 140
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 129
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 111
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 110
70 - 74 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 109
75 - 79 画像:g50.png画像:g05.png画像:g03.png 92
80歳以上 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 117

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
43 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png 40
46 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 43
49 画像:g30.png画像:g01.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 46
55 画像:g30.png画像:g05.png 15 - 19 画像:r30.png画像:r03.png 52
55 画像:g30.png画像:g05.png 20 - 24 画像:r30.png画像:r03.png 53
54 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r05.png 55
53 画像:g30.png画像:g03.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 57
50 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r05.png 56
53 画像:g30.png画像:g03.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 58
60 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r10.png 63
69 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png 71
63 画像:g30.png画像:g10.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png画像:r01.png 66
51 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 60
49 画像:g30.png画像:g01.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 61
48 画像:g30.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 61
38 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 75 - 79 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 54
36 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 80歳以上 画像:r50.png画像:r01.png 81


熊本県と全国の年齢別人口分布図(比較) 熊本県の年齢・男女別人口分布図
紫色は熊本県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 1,790,327人
1985年 1,837,747人
1990年 1,840,326人
1995年 1,859,793人
2000年 1,859,344人
2005年 1,842,233人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 歴代知事(公選)

詳細は熊本県知事一覧を参照

  • 初代 桜井三郎(1947年4月16日~1959年2月10日、3期)
  • 2代 寺本広作(1959年2月11日~1971年2月10日、3期)
  • 3代 沢田一精(1971年2月11日~1983年2月10日、3期)
  • 4代 細川護熙(1983年2月11日~1991年2月10日、2期)
  • 5代 福島譲二(1991年2月11日~2000年2月25日、3期)
  • 6代 潮谷義子(2000年4月16日~2008年4月15日、2期)
  • 7代 蒲島郁夫(2008年4月16日~、1期目)

[編集] 財政

[編集] 平成18年度

  • 標準財政規模 3966億6700万円
  • 財政力指数 0.365 ( 都道府県平均 0.46 )
    • 財政力指数が0.3~0.4のⅢグループ(11自治体)に分類されている
  • 経常収支比率 93.1% ( 都道府県平均 92.6 )
  • 実質収支比率 2.4
  • 実質公債費比率 13.4% ( 都道府県平均 14.7% )
  • 人口100,000人当たりの職員数 1,274.68人 ( 都道府県平均 1,173.11人 )
    • H17年度からH20年度にむけて4.8%減(約1,170人)の人員削減計画を実施中である
  • ラスパイレス指数 100.3 ( 都道府県平均 99.6 )
    • 給料部分のみの比較でも国家公務員の給料より多くもらっている給料支給水準である

地方債残高

  • 普通会計分の地方債現在高 1兆3493億4000万円
  • 上記以外の特別会計分の地方債(企業債)現在高 514億5100万円  

[編集] 平成17年度

  • 財政力指数:0.33(平成17年度)

[編集] 経済

[編集] 産業

[編集] 農業

  • 日本有数の農業県。農業産出額(2001年)は全国5位。トマトすいか甘夏みかんが全国1位。畳の表層材である畳表や御座(ゴザ)に用いるい草生産も1位だが、熊本県以外でい草の生産はほとんど行われていない。
  • 阿蘇地区では畜産が盛ん。

[編集] 水産業

[編集] 製造業

  • 近代以後、製造業でめぼしいものが展開せず、第一次産業、第三次産業のウェイトが高かったが、現在ハイテク産業や輸送機械の企業誘致を積極的におこなっている。最近では太陽電池関連産業の振興にも力を入れている。

[編集] 県内に拠点事業所のある主要企業

工場
支店

[編集] 県内に本社のある主要企業

製造業

[編集] 地域

以下の14市10郡25町8村(計47市町村)がある。熊本県では、2003年以降に町村合併で誕生したあさぎり町・山都町・氷川町の3町が「ちょう」としている以外は、町はすべてが「まち」、村はすべて「むら」と読む。
1991年末時点の市町村境界図
2006年3月27日時点の市町村境界図

[編集] 消滅した市町村

1991年2月1日以降のもの。それ以前の廃止市町村は熊本県の廃止市町村一覧を参照。

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集] 名所旧跡

[編集] 観光スポット・祭事・催事

このほか、県内各地に数多くの温泉地がある。

[編集] そのほか