総統
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総統(そうとう)とは、国家元首またはそれに匹敵する国家の最高指導者の地位を表す名称の1つ。中国語で大統領を意味する總統に由来する。ただし、いずれの国の事例でも使用されるのではなく、日本語としての用例は、中華民国の国家元首、ドイツのアドルフ・ヒトラー、イタリアのベニート・ムッソリーニ、スペインのフランシスコ・フランコの場合に限られている。
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[編集] ドイツ
1934年8月にヒンデンブルク大統領が死去するや、首相アドルフ・ヒトラーは「ドイツ国および国民の国家元首に関する法律」を発効させ、それまでの大統領の職務を首相の職務と統合し、それによって、みずから新たな国家元首に就任した。さらにヒトラーは国民投票を実施してこの措置を正当化した。それまでの経緯からするとこの時期以降のヒトラーは「大統領」と呼ばれることが自然であったが、ヒトラーは「ヒンデンブルクに敬意を表す」との理由のもとで「大統領」の呼称を使用せず、自らの称号としては従来通りの Der Führer und Reichskanzler を使った。 Der Führer は唯一の政党であり与党であったナチスの党首の地位を現す称号であり、また Der Reichskanzler はドイツ国の行政府の長のことであり、したがって Der Führer und Reichskanzler は「指導者兼国首相」という意味である。この政治的称号を日本語に翻訳する際に、中国語の大統領を意味する総統が用いられた。
ただ、ヒトラーはその政治的生涯の全時期にわたって、自らの政治的称号としては「Der Führer」を使用していた。1934年の国家元首就任以降にも、Der Führer und ReichskanzlerをDer Führerと略することが通例となった。こうした事情から、「Der Führer」の日本語訳として「総統」が使用されることが一般的となり、国家元首就任以降のヒトラーのみならず、それ以前のヒトラーの地位に対しても「総統」の訳語を宛てることが多くなった。
したがって「Der Führer」という称号には最終的に、
- ナチ党の党首(ナチスは当初はドイツに乱立する政党の中の一つにすぎなかったが、ヒトラーの政権掌握の後にはドイツ唯一の政党として、一党独裁体制を敷いた)
- ドイツ国の首相
- ドイツ国の国家元首
- ドイツ国の国防軍最高司令官
- ドイツ国国防軍の陸軍総司令官
というさまざな権能が含まれることとなった。つまり「総統」には、ヒトラーという個人に集積していったさまざまな政治的権能が総合されていったのである。
ヒトラーは自殺に先立つ遺言書において、大統領兼国防軍最高司令官にカール・デーニッツ海軍元帥、首相にヨーゼフ・ゲッベルス博士、ナチ党担当大臣(ナチ党党首)にマルティン・ボルマン、陸軍総司令官にフェルディナント・シェルナー陸軍元帥をそれぞれ任命し、「総統」が掌握していた上記の職権を分割した。これによって、ドイツにおける「総統」(Der Führer)の称号は消滅した。
[編集] イタリア
詳細はドゥーチェを参照
イタリアの総統は、イタリア語の Duce (ドゥーチェ)の訳語。ドイツ語の Führer に相当する単語である。この用語は日本語では統領と訳されることが多い。また、総統・統帥と訳されることもある。ただし、総統と訳されるのはムッソリーニの肩書としての場合に限られる。
1922年10月、イタリア王国の国王であるヴィットーリオ・エマヌエーレ3世から首相に任命されたファシスト党党首ベニート・ムッソリーニの称号である。ドゥーチェは元々、ファシスト党の党首を指す名称であるが、ムッソリーニが独裁体制を確立したことにより、ファシスト・イタリアの最高指導者の地位を表す称号となった。ただし、法律上は国家元首の国王が存在し、彼自身の役職は首相であること(つまり、ムッソリーニは国家元首ではない)、また軍隊も彼ではなく国王に対し忠誠を誓っているなどの点で、ドイツの総統に比べると独裁の程度は弱い。実際にムッソリーニは、1943年7月に国王から首相を罷免されると、その場でイタリア軍に身柄を拘束され幽閉された。
[編集] スペイン
スペインの総統は、スペイン語の Generalísimo (ヘネラリシモ)の訳語。general (将軍)に増大辞の -isimo がついた語で、将軍の上位にあって陸海空の三軍を統括する地位を意味する。このスペイン語の単語は、大元帥、総司令官とも訳されるが、国家元首の意味あいで用いられる場合は「総統」と訳されるのが一般であり、他に統領と訳される場合もまれにある。
スペイン内戦における勝利を確信したフランシスコ・フランコ将軍は、内戦終結1年前の1938年1月に国家元首兼首相に就任して内閣を組閣し、自ら総統と称した。その後、人民戦線が立てこもる首都マドリードを陥落、人民戦線の生き残りは国外へ逃亡した。こうして名実共に独裁体制を確立したフランコ総統は、さらに1947年7月、国民投票における賛同を得て、終身国家元首の地位につく。
フランコ総統は、国民からは El Caudillo (エル・カウディーリョ)と呼ばれた。Caudillo は、ドイツ語のFührer、英語のleaderに相当する単語である。なお、el は定冠詞、英語のthe。
フランコ総統は1969年、自分の後継者として元国王アルフォンソ13世の孫フアン・カルロスを指名した。その後1973年6月に首相を辞任、1975年11月に82歳で死去した。その2日後、フアン・カルロス1世は国王に即位した。それまでの言動から独裁体制を継承すると思われていた国王であったが、予想に反して民主主義体制の整備を急ぎ、1978年12月、国王の権限を儀礼的なものに限定して権力分立を定めた憲法を、国民投票による承認を受けた上で公布した。こうして、スペインの独裁時代は幕を閉じた。
[編集] 中華民国
詳細は中華民国総統を参照
中華民国の総統は、1948年以降の国家元首の名称である。一般に中国語では、英語の President の訳語として、「総統」を用いている(たとえばアメリカ合衆国大統領も「美国総統」と表記される)。このため日本語を学習した台湾人は、日本語でPresidentを大統領と訳すことから、日本人に自国の国家元首を「総統」と呼ぶのを避け「大統領」と説明する傾向がある。また、中華人民共和国など社会主義国の場合は「国家主席」と訳している。
国民からの民主化の要求が高まり、1996年、自らも民主化を望んでいた李登輝総統は、総統の直接選挙制度を導入した(台湾総統選挙)。この改革により、総統の地位は建国の父孫文が模範としたアメリカ合衆国の大統領と、首相相当職の有無、選出方法に直接選挙と間接選挙の違いはあるが、権限および権威の面で非常に似たものとなった。
※建国当初の国家元首の名称は大総統であり、北京政府はこれを使い続けたが、南京国民政府は国民党党首の名称である主席を国家元首の名称としても使った。
[編集] フィクション
ガミラスの総統は、日本の代表的アニメ番組『宇宙戦艦ヤマト』シリーズに登場する、ガミラス帝国の元首の地位を示す称号。ナチス・ドイツの総統がモデル。作中でこの地位にあったのは、デスラーである。この名前はヒトラーに非常に似ておりその変形と言われることも多いが、実際には「死の太陽」を意味する語(デスラーの項参照)であり、外見や性格の設定に関してもヒトラーとの関連は見受けられない。
また、同じシリーズ作品中には、別の星間国家に「聖総統」「大神官大総統」という役職が存在する。(スカルダートの項および、ルガールの項参照)











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