関本大介
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| 関本 大介 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | 関本 大介 |
| 本名 | 同じ |
| ニックネーム | 肉体凶器 怪力無双 |
| 身長 | 175cm |
| 体重 | 110kg |
| 誕生日 | 1981年2月9日(27歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市鶴見区 |
| 所属 | 大日本プロレス |
| デビュー | 1999年8月10日 |
関本 大介(せきもと だいすけ、1981年2月9日 - )は、日本の男性プロレスラー。大阪府大阪市鶴見区出身。血液型O型。大日本プロレス所属。
目次 |
[編集] 来歴
明徳義塾高等学校卒業。幼い頃からプロレスラー志望であったが、父親の希望もあり、在校中は野球部に所属。ただし本人曰く「四軍まである中で文句無しの四軍」だったのこと。しかし、控えゆえ監督・コーチの目が届きにくいことを逆手に3年間、野球の練習ではなく筋トレに終始し、プロレスラーとしての素養を磨く。
大日本プロレス入団後の1999年8月10日、地元大阪の鶴見緑地花博公園興行での対伊東竜二でプロレスデビューを飾る。
175cmの身長に対して110kgの鍛え上げられたマッスルボディが特徴で、その肉体自体が「凶器」と豪語する。元々は通常のプロレス形式の試合が中心で、団体特有のデスマッチ路線とは一線を画しているが、定期的に蛍光灯デスマッチにも参加する。非デスマッチ路線の評価は、他団体における出場で日に日に高まりつつあり、次世代のトップレスラー候補として内外から期待を集めている。
最近ではデスマッチを封印し、本格的にパワーファイターとして頂点を目指すため、インディーのみならず、メジャー団体の選手とも頻繁に激闘を繰り広げている。 試合をする度に説得力抜群の大熱戦を繰り広げる名勝負製造機であり、プロレス界の宝と評される。
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- 3月8日、ZERO1-MAX後楽園ホール大会で崔領二の持つNWA認定UNヘビー級王座に挑戦し、大熱戦の末、18分00秒ジャーマンスープレックスホールドでベルトを奪取。第7代王者となる。
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- 5月の札幌テイセンホール大会より復帰。
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- 7月1日LOCK UP狭山大会で、中止になった大日本での中西戦の代替試合が行われた。
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- 7月29日、LOCK UP後楽園大会にて、念願の関本vs中西のシングルマッチが行われたが、敗戦。
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- 8月20日・大日本・後楽園大会で二度目のシングルが行われたが敗戦。その後、LOCK UPで中西とタッグを組み、中西のプロレス理論を学ぶ。
[編集] 得意技
現在のプロレス界No.1の使い手との呼び声高い。 強靭な背筋力と安定したブリッジから繰り出される多様なぶっこ抜きジャーマンは破壊力、芸術性共に天下一品である。 また「ジャーマンスープレックスをかけたまま死にたい」と言うほど、ジャーマンにこだわりを持っている。
- ラリアット
- デッドリー・ドライブ
- フロッグ・スプラッシュ
- スピアー
- パワースラム
- アルゼンチンバックブリーカー
[編集] タイトル歴
- BJW認定ヘビー級王座
- BJW認定タッグ王座
- NGBトーナメント優勝
- WEWハードコアタッグ王座
- NWA認定UNヘビー級王座(ZERO1-MAX)
[編集] テーマ曲
- CROW OF WINNER(大日本プロレステーマ曲コレクションに収録)
[編集] エピソード
- 大相撲横綱・朝青龍とは高校の同期であり、一緒にウエイトトレーニングをしながら意地を張り合ってたと某プロレス誌のインタビューで語っている。
- ZERO1-MAXの大谷晋二郎に気に入られており、その為か巡業に帯同することが多い。ちなみに大谷とは2001年12月2日の大日本横浜アリーナ大会セミファイナル、2001年9月1日ZERO-ONE後楽園ホール大会「火祭り」公式戦でシングルマッチで対戦しており、好勝負を繰り広げた。
- 2002年5月2日、新日本プロレス創立30周年記念東京ドーム大会に出場しており、オープニングマッチで金村キンタローと闘い、田中秀和リングアナに高評価を得ている。











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