1945年
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| 世紀: | 19世紀 - 20世紀 - 21世紀 |
| 10年紀: | 1920年代 1930年代 1940年代 1950年代 1960年代 |
| 年: | 1942年 1943年 1944年 1945年 1946年 1947年 1948年 |
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西暦(グレゴリオ暦)1945年(せん きゅうひゃく よんじゅう ご ねん)は、月曜日から始まる平年。この年、第二次世界大戦が終結した。
目次 |
[編集] 他の紀年法
- 干支:乙酉
- 日本(月日は一致)
- 中国・満州(月日は一致)
- 朝鮮(月日は一致)
- 阮朝(ベトナム)
- 保大19年11月18日 - 保大20年7月23日(グレゴリオ暦8月30日)
- イスラム暦:1364年1月16日~1365年1月26日
- ユダヤ暦:5705年4月16日~5706年4月27日
- 修正ユリウス日(MJD):31456~31820
- リリウス日(LD):132297~132661
※満州国は1945年8月18日、皇帝の溥儀が退位し消滅。
※阮朝はバオ・ダイ帝の退位により滅亡。
※檀紀は、大韓民国で1948年に法的根拠を与えられたが、1962年からは公式な場では使用されていない。
※主体暦は、朝鮮民主主義人民共和国で1997年に制定された。
[編集] できごと
[編集] 1月
- 1月17日 - ソビエト連邦軍(ソ連軍)がポーランドの首都ワルシャワを占領
- 1月20日
- アメリカでフランクリン・ルーズベルトが大統領4期目を開始
- ハンガリーが連合国に対して降伏
- 1月24日 - ドイツでA4bロケットが発射される
- 1月27日 - ソ連軍がアウシュヴィッツ強制収容所に到着
[編集] 2月
- 2月4日 - ヤルタ会談(ソ連)開催。アメリカ大統領ルーズベルト、イギリス首相チャーチル、ソ連指導者スターリンが対日本戦について協議する(2月11日まで)
- 2月13日
- 2月14日 - チリ、エクアドル、パラグアイ、ペルーが連合国に加わる
- 2月18日 - アメリカ軍、硫黄島に上陸
- 2月23日 - アメリカ軍、フィリピンのマニラを占領
[編集] 3月
- 3月3日 - ソ連と休戦後中立であったフィンランドが枢軸国に宣戦布告する
- 3月10日 - アメリカ軍が東京を空襲(東京大空襲)。死者は約10万人。
- 3月16日 - アメリカ軍が硫黄島を占領(ただし、3月26日まで戦闘は続く)。
- 3月18日 - アメリカ軍がベルリンを空襲。
- 3月26日
- 3月27日 - 最後のV2ロケットがロンドンを空襲。
- 3月29日 - 最後のV1飛行爆弾がロンドンを空襲。
- 3月30日 - ソ連軍がオーストリアへの侵攻を開始する。
- 3月31日 - 福岡銀行設立。
[編集] 4月
- 4月1日
- 4月5日 - ソ連が日ソ中立条約の不延長を日本に通告。
- 4月7日
- 4月12日 - アメリカ合衆国第32代大統領、フランクリン・D・ルーズベルト急逝。33代大統領に副大統領のハリー・S・トルーマンが昇格。
- 4月13日 - ソ連軍、オーストリアのウィーンを占領
- 4月22日 - ソ連軍、ドイツのベルリンに進軍、5月2日に占領
- 4月25日
- ドイツのエルベ川でソ連軍とアメリカ軍が合流
- サンフランシスコ会議召集。国際連合の創設について議論される(6月26日まで)
- 4月28日 - イタリアでベニート・ムッソリーニが処刑される。
- 4月30日 - ドイツでアドルフ・ヒトラーとその妻エヴァ・ブラウンが自殺。遺言によりカール・デーニッツがドイツ大統領、ヨーゼフ・ゲッベルスが首相となる
[編集] 5月
- 5月1日
- 5月2日 - ベルリン陥落。ソ連軍がドイツ国会議事堂に赤旗を掲げる
- 5月5日
- 5月7日 - ドイツがフランスのランスで降伏文書に調印。
- 5月8日 - ドイツの降伏文書が発効。
- 5月9日
- ドイツとソ連との間で降伏文書の調印式が行われる
- ソ連軍がプラハに入る
- 5月15日 - スロベニアでの戦闘が停止する。第二次世界大戦におけるヨーロッパ戦線が終結
- 5月23日
- ドイツでデーニッツ大統領が戦犯として逮捕される。
- ドイツのハインリッヒ・ヒムラーが自殺
[編集] 6月
- 6月6日 - ノルウェー国王のホーコン7世がノルウェーに帰国
- 6月8日 - 第87臨時議会召集。
- 6月11日 - カナダでウィリアム・キングが首相に再選
- 6月21日 - アメリカ軍が沖縄を占領
- 6月23日 - 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決(沖縄戦の組織的抵抗が終結。後にこの日が沖縄県の慰霊の日と定められる)
- 6月26日 - サンフランシスコ会議で国際連合憲章が調印される
- 6月29日 - チェコスロバキアはルテニアをソ連に割譲する
[編集] 7月
- 7月1日 - 連合軍によるドイツ分割統治が始まる
- 7月5日 - フィリピンが独立を宣言する
- 7月16日 - アメリカ、ニューメキシコ州アラモゴードの実験場で史上初の原子爆弾の爆発実験に成功(トリニティ実験)
- 7月17日 - ポツダム会談開始。アメリカ大統領トルーマン、イギリス首相チャーチル、南京国民政府主席の蒋介石が会談。
- 7月21日 - アメリカ大統領トルーマンが原子爆弾使用を承認する
- 7月23日 - フランス・ヴィシー政権の元首だったペタンが反逆罪で告発される
- 7月26日
- ポツダム宣言発表。連合国は日本に降伏を要求する
- イギリスで第二次大戦後初となる総選挙が実施され、労働党が第一党となる。ウィンストン・チャーチルは下野し、クレメント・アトリーが首相の座に着いた。
- 7月28日
- B-25爆撃機がニューヨークのエンパイアステートビルディングに衝突、14名の死者
- 日本はポツダム宣言を黙殺する
[編集] 8月
- 8月2日 - ポツダム会談終了
- 8月6日 - 米軍が広島市へ原子爆弾投下
- 8月7日 - 海軍がジェット戦闘機橘花の試験飛行を実施
- 8月8日 - ソビエト連邦が日ソ中立条約を破棄、日本に宣戦布告
- 8月9日
- ソ連軍が満州・北朝鮮・樺太で対日参戦開始
- 日本で断続的に終戦の方法を巡って御前会議が開催される
- 米軍が長崎市へ原子爆弾投下
- 8月10日 - 御前会議で日本がポツダム宣言の受諾を決定
- 8月14日
- 8月15日
- 8月16日
- 8月17日
- 8月18日
- 8月19日
- 8月22日
- 8月23日
- 日本陸海軍の復員開始
- 音響管制解除・電報小包制限解除・娯楽興行再開許可
- 8月24日 - 松江騒擾事件
- 8月26日
- 8月27日 - 占領軍向け特殊慰安施設の第一号開業(小町園、東京大森)
- 8月28日
- 8月30日
- 8月31日 - 米軍主力が横浜・館山に上陸
[編集] 9月
- 9月1日
- 9月2日
- 9月3日
- 9月4日
- 米軍進駐により神奈川県で女学校に休校を指示
- ウェーク島の日本軍が降伏
- 9月5日
- 9月6日
- 9月8日
- 9月9日
- 9月10日
- 9月11日 - 東條英機ら戦犯容疑者39人に逮捕令(東條は自殺未遂)
- 9月12日
- 9月13日
- 9月14日
- 9月15日
- 9月17日
- 9月18日 - GHQ: 鳩山一郎談話他を掲載した朝日新聞に発行停止命令(SCAPIN-34)
- 9月19日
- GHQ: 日本新聞遵則(Press Code for Japan)を発令(SCAPIN-33)(発表21日)
- GHQ: ニッポンタイムズに発行停止命令(SCAPIN-37)
- 9月20日 - 文部省が教科書の軍国的表現に墨塗りを指示(終戦二伴フ教科用図書取扱方二関スル件)
- 9月22日 - GHQ: 日本放送遵則(Radio Code for Japan)を発令(SCAPIN-43)
- 9月24日 - GHQ:「新聞界の政府からの分離」を発令(SCAPIN-51)
- 9月25日 - 外国人記者2名が昭和天皇に拝謁しインタビューを行う
- 9月26日
- 9月27日 - 昭和天皇がマッカーサー元帥を御訪問
- 9月28日 - フランス軍サイゴン占領
- 9月29日
- 9月30日 - 七尾市で支那人400名が警察署を襲撃
[編集] 10月
- 10月2日 - 日本に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP) 設置。
- 10月5日 - 日本で東久邇宮稔彦王内閣総辞職。
- 10月8日 - インドネシア共和国軍とイギリス・オランダ軍戦闘状態へ突入。内戦状態へ。
- 10月9日 - 日本で幣原喜重郎内閣成立。
- 10月10日
- 10月11日 - GHQが五大改革と憲法改正を指令。
- 10月15日 - 日本で治安維持法が廃止される
- 10月18日 - ナチスの戦争犯罪についての裁判がニュルンベルクで開始される(ニュルンベルク裁判)
- 10月24日 - 国際連合発足
[編集] 11月
- 11月2日 - 日本社会党が結党。片山哲が書記長となる
- 11月6日 - GHQ、財閥解体など決定
- 11月9日 - 日本自由党が結党。旧政友会系の鳩山一郎が総裁となる
- 11月13日 -シャルル・ド・ゴールがフランス臨時政府の首班になる
- 11月16日 -日本進歩党(旧民政党系) が結党。鶴見祐輔書記長。
- 11月19日 -松岡洋右、小磯国昭ら11人を戦犯として逮捕命令
- 11月20日 - ドイツで戦犯を裁くニュルンベルク裁判が始まる
- 11月29日
- ユーゴスラビア社会主義連邦共和国が成立。チトーが大統領になる。
- 世界初の電子計算機が作られる
[編集] 12月
- 12月8日 - GHQ、連合国司令部記述として全国の新聞へ太平洋戰爭史を連載させる。
- 12月9日 - 日本でGHQが農地改革を指令。GHQによって「眞相はかうだ」の放送が開始される。
- 12月15日 - 日本でGHQが神道指令を発する。
- 12月17日 - 日本でGHQの監督で衆議院議員選挙法が改正される。婦人参政権が認められる。
- 12月26日 - 第89臨時議会召集。
- 12月27日 - 世界銀行発足
- 12月31日
[編集] 日本への空襲関係 (東京大空襲以降)
- 日本本土空襲も参考に。
[編集] 3月
- 3月10日
- 3月12日 - 名古屋市にアメリカ軍による初の市街地大規模空襲を受ける(名古屋大空襲)
- 3月13日
- 3月17日 - 神戸市で空襲。B29 309機飛来。死者2598名。負傷者8558名。全焼6万5千戸。罹災人口23万6千名。
- 3月18日 - 大分市に空襲。(1回目)
- 3月19日
- 3月27日 - 小倉市(現・北九州市)に空襲。
[編集] 4月
- 4月7日 - 新宮市で空襲。(1回目)
- 4月8日 - 玉野市に空襲。
- 4月13日 - 東京都内へ空襲。B29 330機が飛来。死者2459名。焼失20万戸。
- 4月15日
- 4月21日 - 大分市に空襲。(2回目)
[編集] 5月
- 5月3日 - 高知県野市町に空襲。死者10名
- 5月5日
- 5月10日 - 徳山市(現・周南市)の第三海軍燃料廠へ空襲。死者500人以上、負傷者約1000人。
- 5月11日
- 5月14日 - 名古屋市に空襲。(3回目)B29 480機が飛来。名古屋城の天守閣や金の鯱が焼失する。
- 5月24日 - 東京大空襲(~5月26日) 3月10日の時を上回るB-29最大出撃規模の空襲。
- 5月29日 - 横浜大空襲。B29爆撃機517機、P51戦闘機101機、焼夷弾31916個(2570トン)を1時間8分の間に投下して無差別殺戮により被災者は31万人を超え約8000人が亡くなり当時の横浜が壊滅した。
[編集] 6月
[編集] 6月上旬
[編集] 6月中旬
[編集] 6月下旬
- 6月21日 - 名古屋市に空襲。B29爆撃機120機が飛来。死者426人。負傷者327人。
- 6月22日
- 6月26日
- 6月27日 - 京都市西陣に空襲。死者43人 負傷者66人 全壊71戸 半壊84戸 一部損壊137戸。
- 6月28日
- 6月29日
[編集] 7月
[編集] 7月上旬
[編集] 7月中旬
- 7月12日
- 7月13日
- 7月14日 - 釜石市に空襲。死者515人以上。
- 7月14日~7月15日
- 7月17日
- 7月18日 - 千葉県白浜町(現・南房総市)の野島埼で艦砲射撃。死者6人。
- 7月19日
- 7月20日
[編集] 7月下旬
[編集] 8月
- 8月1日
- 8月2日
- 8月5日
- 8月6日
- 8月7日
- 8月8日
- 8月9日
- 8月10日
- 8月11日 - 久留米市に空襲。死者212名。焼失家屋4506戸。
- 8月13日 - 長野市、上田市に艦載機による空襲(長野空襲)
- 8月14日
- 秋田市で空襲。 午後10時から翌15日未明にかけて134機のB-29が来襲。死者130名以上で詳細な人数は不明。
- 春日井市に模擬原爆投下。
- 四日市市の2箇所に模擬原爆投下。死者2人 負傷者56人(ただしこの数は、2ヶ所のうちの1か所の数でもう1箇所の被害状況は、不明。)
- 挙母市(現在の豊田市)にある、トヨタ自動車の工場に空襲。
- 大阪市に空襲。(8回目)
- 岩国市に空襲。死者500人以上。
- 光市の海軍工廠に空襲。死者738名。
- 伊勢崎市で空襲。(伊勢崎空襲)
- 熊谷市に空襲。(熊谷空襲)B29 82機飛来。死傷者687名。
- 春日井市の4か所に模擬空襲投下。死者7人 負傷者2人(ただしこれは、2か所の被害状況の記録残りの個所は不明。)
- 豊田市に模擬原爆投下。3か所に投下され、死者は出なかったが、落とされたトヨタ自動車の工場には、甚大な被害があった。
- 8月15日











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